合宿所コーナー

合宿所コーナー

合宿所概要

慶應義塾体育会競走部合宿所は日吉陸上競技場徒歩15分にある慶應義塾の敷地内の高台に位置にしております。東京タワーと東京スカイツリーを一望にできることが密かな自慢です。現在は短距離・フィールド13名、長距離12名の計25名が在籍しており、出身は上が北海道、下は福岡と様々です。
合宿所員の一日は朝起床に始まります。短距離・フィールドは6時50分、長距離は5時20分起床で毎日規則正しく生活ができるよう心がけております。部屋は2~3人部屋となっており、日常が共同生活を学ぶ場であります。トイレ、風呂は共用です。ときどき風呂で居合わせた誰かと思わぬ長話をすることもあります。食堂は人が集まる場所です。食事をすることはもちろん、みんなでテレビを見たり、話したり。また、夜遅くに勉強するために食堂に来る人もいます。
しかし、テスト期間には人が集まりすぎてしまうため勉強がはかどらないこともしばしばです。
合宿所生活は一人暮らしと違って、互いに互いを煩わしく思うことや面倒に思えることもたくさんあります。しかし、毎日が人との出会いであり、学生生活の貴重な時間を仲間と共に高い志を持ちながら過ごすことができます。それが、合宿所最大の魅力であります。

合宿所の沿革

昭和24年秋、倶楽部は総会を開き広兼篤郎会長を委員長とする競走部合宿所建設委員会を設立して募金目標50万円で候補地は田園調布か奥沢付近という計画を決議した。
当時の50万円は大金で募金は進まずやっと20万円が集まった。「とにかく買ってしまえば何とかなる。競走部を強くするためにOBは協力して下さるだろう」と委員会は決心して昭和25年2月に大田区田園調布3丁目6番地1に土地122坪、木造2階建て30坪の物権を購入した。購入資金の不足分は広兼、淺野、中西の各先輩に立て替えてもらい以来数年かけて集まった募金で返済出来た。
その後28年5月に8畳2間を増築して17名が収容できる合宿所が完成して、芝白金三光町の福沢邸に仮住まいするまでの15年間多くの競走部卒業生を送り出した思い出深い合宿所であった。
昭和42年日吉に出来たスキー部との合同合宿所に移ったが競走部単独の合宿所が必要だとして、多くの先輩のご協力を得て平成5年3月に約30名収容できる現在の競走部合宿所が完成し現在に至っている。

■田園調布の合宿所(S25)

■田園調布合宿所遠景

■現在の合宿所

【現在の合宿所】
 〒223-0061横浜市港北区日吉4-1-9
 電話:045-563-9791

OBのみなさまへ

慶應陸上競技倶楽部のみなさまには日頃より様々な形での多大なご支援を賜っております。厚く御礼申しあげたいと思います。特に、お忙しいところ合宿所員を気遣い、食べ物や生活用品を送って下さっているOBの方々には重ねてお礼を申し上げたいと思います。みなさまのお心遣いは合宿所員一同非常にありがたく感じております。
現在、合宿所には日本選手権を始めとする日本のトップクラスの大会で戦える選手が複数在籍しております。合宿所員としても仲間の活躍は嬉しく、一方で彼らに負けていられないという非常にいい刺激をもらっております。
競走部がさらなる飛躍を遂げるための拠点として合宿所が機能していければと考えております。これからも変わらぬご支援、ご指導よろしくお願い致します。

ご支援のお願い

OB、OGの皆様、合宿所に日用品や食品など物資の支援をよろしくお願いします。

【送り先】 
 〒223-0061 横浜市港北区日吉4-1-9 慶應義塾体育会競走部合宿所     
 電話:045-563-9791

寮母神田さんの紹介

慶應義塾競走部合宿所を語る上で欠かすことができないのが寮母の神田さんです。神田さんは合宿所が現在の日吉に移ってから18年もの間、大人数の合宿所員の朝夕の食事を住みこみで作って下さっています。早朝から食事の用意をするため朝も夜も早い生活で、時間的に制約がある大変な仕事ですが欠かすことなく続けて下さっています。

食事を作るだけでなく合宿所員のことを気にかけ、面倒を見て下さるのが神田さんです。合宿所員が落ち込んだり悩んだりしているときには親身になり叱咤激励して下さいますし、病人が出た際には個別におかゆを作って下さることもあります。合宿所の外の出来事は知らないはずなのに合宿所員の生態や近況が見抜かれてしまうことも多く、その観察力や洞察力には驚かされます。それだけ合宿所員一人一人に気を配って下さっている方です。

まだまだ未熟な僕たち学生は神田さんに面倒をかけてしまうことばかりですが、神田さんはそんな僕たちに温かく接して下さいます。神田さんは合宿所員の第二の母のような存在です。そして、今も昔も合宿所員に愛され続けています。